• 投稿 2017/04/22
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一気断薬から丸2年経過。振り返りと今の思い。

2017年4月22日。
私が、一気断薬して丸2年。
ベンゾジアゼピンからの離脱症状は3年目に入ります。

 

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今、感じる離脱症状は、身体の硬直?コリ?(首)・光過敏・電磁波過敏・動悸。
刺絡療法を受けてから、この1ヶ月半でマシになってきたと思えるようになってきています。

 

 

私は、19歳から19年間精神薬を服用してしてきて、いろんなことが中途半端だったり、破壊的、破滅的だったり。

感情のジェットコースターに乗ってきました。

 

 

私は、ずっと精神科では境界性人格障害だと言われてきました。
これが、正しい診断だったのかわかりません。

今更、精神科を受診する気もないですし・・・。
高校生までは、進学校に通い、運動部に所属して全国大会を狙うほど夢中になっていました。フツーに暮らしていたんですよ。

感情のジェットコースターになんて乗っていませんでした。

 

 

それに、断薬してからずっと心がとっても穏やかなんです。
感情のジェットコースターからはキッパリ降りることができました。

 

 

 

 

睡眠薬が効きすぎて朝起きれなくて、仕事をなくしたり。
徒歩3分のコンビニにすら買い物に行けなくて、引きこもりの日々を送ったり。
パニックを起こして、電車に乗れなくなったり。
ODも数えられないくらい。ICUで目覚めたことも何度もありました。
死にたくてしょうがなかった。早く終わりたいって。

 

ODした時に、フラフラの状態で頭をぶつけたらしく、ソコが傷になり髪もゴソッと抜けたりね。私、ハゲがあるんですよ。

 

元カレへの依存が強すぎてね、別れた後も執着してしまったり。今更だけど、謝れたらなって思います。

 

買い物依存も経験して、自己破産もしてしまったし。

 

アルコールに依存した時期もありました。

 

精神薬の影響かはわからないけど・・・流産も4回。

 

万引きもしたくてしたくてしょうがない時期もあったし。
 

それでいて、外面だけはよかったんですよね。
外面というか・・・体裁が大事で、自分の良い状態のときしか私以外の誰かに会うこともしなかったんです。

 

 

これは、今でもそうですね(笑)
私が離脱症状でしんどいとき、知っている人には誰にも会わず1人で過ごしているので。
カッコ悪いところを見せれないのは、私の習性のようです。

 

 

 

引きこもらず、外に出れるときは普通に仕事をしていました。ものすごく頑張れたときもあったんですよね。
その時、薬のお陰で私は頑張れてるって錯覚してました。

薬のお陰で短時間の睡眠でも深く眠れているから、睡眠3時間でも現場に立てるとかね。

評価されたりしていたので、私の荒れている状態を知っている人は少ないんですよ。

 

 

 

本当は荒れているのに、いわゆる「良い子」と思われているギャップで精神薬にどんどん頼っていったんだと思います。
頑張るにも、評価され続けるためにも精神薬が必要になっていました。

 

 

精神薬がないと、外出できない。
精神薬がないと、電車に乗れない。
精神薬がないと、眠れない。
精神薬がないと、仕事ができない。

 

 

ずーっと「精神薬がないと・・・」が口癖でした。

 

 

この状態で、なぜ依存していることに気付けなかったんだろうって・・・。
今、振り返ると不思議ですよね。

 

 

そんな私でも断薬できている。

 

 

 

今、離脱症状で確かにしんどいけれど・・・。

 

 

あれだけ、ODで運ばれて
今、ODによる後遺症がないだけでも有り難いって思っています。

 

なにかしらの機能障害がおきてもおかしくない量をODで飲んでいたんですよ・・・私。

 

 

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私は、知識がないまま一気断薬を決行して、寝たきりに一時期なってしまったけれど。
断薬できた。
断薬できてるって結果が大事だと思っています。

 

 

今は、風邪をひいても簡単に風邪薬すら飲まない生活になりました。

もうね、「薬」というすべてが怖いんですよ。

 

薬=毒です。

 

 

 

私が離脱症状でしんどい思いをしている時に、一気断薬を否定された気分になってしまったことがありました。

これは、悲しかった。

 

 

もちろん、断薬・減薬に関して頼れるスペシャリストがいて(あえてドクターとは書きません)、離脱症状なしに断薬までできたら素晴らしいと思います。
正直、羨ましいし、一気断薬は無謀だったなって思います。

 

 

私は、アシュトンマニュアルさえ知らない段階で、一気断薬に踏み切っていたんですよね。
離脱症状の真っ只中のときに、アシュトンマニュアルを知り「なんで、もっと調べなかったんだろう」とも思いました。
本当に無知でした。

 

 

私の一気断薬は「根性」の一言で、ここまで来たと思います。

 

 

 

一気断薬して寝たきりから少し起き上がれるようになったとき、いろいろ情報を拾っていた頃、断薬できた人のBlogとか電子書籍とかにたどり着いたんですね。

 

 

その時、私は離脱症状に負けそうで、泣いて過ごしていたんです。
ツラくて、ツラくて。

 

 

その時は、その断薬できている人は「特別な人」だと思っていたんです。

 

私には、無理かもしれない・・・。
このツラさから開放されるなら、また精神薬を服用しようか・・・何度もそう思いました。

 

 

私は、特別な人じゃありません。
それでも、断薬できています。

 

 

2年経って、断薬できてるって自信を持って言えるようになりましたよ。

 

 

 

私は、一気断薬してしまったので離脱症状もハンパなくて。

「こうやって死ぬんだ。」って何度も思いました。
丸2年経った今も、仕事に戻るなんて考えられません。

もう、同じ仕事には戻れないんだろうなって思っています。

 

 

同じ仕事どころか、一般就労もパートもアルバイトも難しい状態。

 

 

そうなるとね、精神薬のせいで!って思いたくなりますよね。

正直、精神薬のせいでって思うこともあります。ないと言えば嘘ですよね。

 

 

 

 

 

たかが不眠。
されど不眠。
当時は、本当に悩んで不眠外来を受診したんだと思います。

 

 

 

今なら・・・今ならです。
不眠外来に受診する前になにかできなかったのか・・・って、強く思います。

 

 

 

 

私は、この2年、セブ島→東京→沖縄と移ってきました。
それで、思うことがあります。

 

 

逃げるが勝ち!

 

 

文字どおり、私は東京から沖縄に逃げてきました。今、気持ちがゆったりと生活できていますよ。

 

 

なんで、こういう生活をもっと前に選択できなかったんだろうって思います。

都会で頑張ることが全てじゃないことを感じています。

 

 

 

 

今、減薬に挑んでいる方。
今、離脱症状の真っ只中にいる方。
今、少しだけ離脱症状がマシになってきている方。

 

 

誰かがブログで紹介していた、私が支えられた希望になったフレーズを届けたいです。

 

同じフレーズが必要な方がきっといるはずだから。

 

 

離脱症状は永遠には続きません。
いつか必ず、よくなる日がきます。

 

 

 

 

貴方も、私も、必ず全快できる日が来ると信じています。

 

 

 

 

体調のこと

諦めない。

焦らない。

あてにしない。

 

 

 

 

これからも、私の精神薬の経験のこと、離脱症状の経験のこと書いていきたいと思っていますよ。

 

 

 

 

 

 

 

体質改善のために 刺絡療法を受けています